[書評]「手技開発に根差した知恵と情熱が結晶化した名著」 
比企 直樹(北里大学医学部 上部消化管外科学 主任教授)

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 本書は,これまで体系立てて語られることが少なかった胃SEL(subepithelial lesion)およびSMT(submucosal tumor)の診断と治療に関する初めての本格的な教科書と言っても過言ではありません。胃SEL/SMTは粘膜下に潜む病変であるため,その診断はしばしば困難を極めます。加えて,適切な治療を選択し実施する上でも高い専門性が要求されます。本書では,こうした課題に対して,粘膜を切開したり,穿刺したりといった通常の診断法とは一線を画すアプローチが丁寧かつ具体的に解説されています。

 

 胃SEL/SMTと一口に言っても,代表的なGIST(消化管間質腫瘍:gastrointestinal stromal tumor)だけでなく,場合によっては胃癌など多様な病変が含まれます。そのため,的確な診断が極めて重要となります。本書では,この多様な病変の特性を正確に把握し,診断に結び付けるための「実践的なコツ」を,著者である平澤俊明先生ならではの臨場感あふれる講義形式で学ぶことができます。このアプローチにより,経験の浅い医師から熟練した医師まで,誰でも胃SEL/SMTの正しい診断方法を習得できる構成となっています。

 

 さらに,治療法についても,胃SEL/SMTの位置が胃壁内に隠れているため,外側からのアプローチでは病変の同定が困難であり,過剰または不十分な切除が起こりやすいという課題があります。本書では,こうした課題を克服する手段として,腹腔鏡内視鏡合同手術(LECS:Laparoscopic and Endoscopic Cooperative Surgery)をはじめとした先端的な手技が,具体例とともにわかりやすく説明されています。LECSは,私ががん研有明病院に在籍していた際に,平澤先生と共に開発した画期的な手術手技です。当時,この手技は一部の医師から批判を受けたこともありましたが,平澤先生は常にその価値を信じ,改良を重ね,今日の安全かつ効果的な手技へと進化させる中心的な役割を果たされました。特に,内科からの提案や共同研究によって,合併症の発生をゼロに抑えることができたのは,平澤先生のたゆまぬ努力の賜物です。

 

 LECSは一見すると簡単で患者さんに優しい手技に見えるかもしれませんが,実際には噴門付近や幽門直下,さらには食道に接する病変など,高度な技術が要求されるケースも多く存在します。こうした難所においても,平澤先生は適切なアプローチ方法を開発し,外科医が自信を持って手術に臨める環境を築きました。このように,LECSの発展に多大な貢献をした平澤先生の経験が凝縮された本書は,まさに「手技開発に根差した知恵と情熱が結晶化した名著」と言えるでしょう。

 

 胃SEL/SMTはGISTに違いない,LECSは簡単な手技にすぎない――このような固定観念を持つことは非常に危険です。本書を通じて,平澤先生の魂がこもった講義を追体験することで,診断・治療の一つひとつに込められた深い考察と技術の真髄を学び取っていただきたいと思います。この一冊が,読者にとって胃SEL/SMTの診断および治療技術を磨く上での確かな道しるべとなることを確信しています。

 

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