【インタビュー】
“医療”と“介護”から振り返る
高齢者のCOVID-19対応
―Withコロナ時代の中長期的課題を読む

 

雑誌「検査と技術」コラボ企画

 

【インタビュー】 

“医療”と“介護”から振り返る

高齢者のCOVID-19対応

―Withコロナ時代の中長期的課題を読む

 

 

[出席者]

織田錬太郎 織田 錬太郎 先生東京ベイ・浦安市川医療センター感染症内科)

関谷紀貴 関谷 紀貴 先生がん・感染症センター都立駒込病院感染制御科・臨床検査科)

 

 

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)の世界的な流行に伴い,人や物,資金など医療資源がある程度限られた状況のなかでの対応が課題となっています.特に,合併症や予後の点から高リスク層である高齢者は,病院はもちろん,一般社会にも大きな影響を与える重要な意味をもちます.

Withコロナ時代を迎えつつあるいま,COVID-19を取り巻く環境はどう変わっていくのでしょうか.緊急事態宣言下からいまに至るまでを振り返りつつ,これからに向けて何を,どう備えればよいのか,感染症の専門家であるお2人に話を伺いました.

 

 

“医療”の視点から振り返る

 

 高齢者におけるCOVID-19診療の特徴

―COVID-19患者を多く診られたご経験から,高齢者における特徴や問題点を教えてください.

関谷 私は感染管理・院内のマネジメント対応を中心にかかわってきましたが,COVID-19に関連する問題はさまざまあり,高齢者は通常医療の観点から問題が起きやすいポピュレーションであるといえます.COVID-19自体の重症化はもちろん,COVID-19に関連する合併症が起きたり,基礎疾患の増悪も同時に起きたりすることがあります.また,基礎疾患そのものが重症化のリスク因子になる場合も多く,臨床的に求められる対応も多岐にわたります.その結果,入院期間が延長され,複合的な対応をしなければいけない状況が生まれてくるところが,COVID-19における高齢患者の特徴の1つだと感じました.

織田 高齢者はCOVID-19に伴う死亡率が高いことも大きな特徴です.多くの病院ではCOVID-19患者の面会を制限しており,感染性がある状況ではご家族が面会に来ることができません.それは,患者さんが亡くなる“看取り”の場面においても同じです.そこをご本人やご家族にどう受け入れてもらうのか,これはかなり大きな課題であると感じています.例えば当院では,PHSを透明な袋に入れてご本人と家族で話してもらう工夫をしたことがあります.他院でも,iPadを使用した経験があるという話を聞いており,なんとかコミュニケーションを図れないか試みているようです.常に,「十分な緩和ケアや看取りができているのだろうか?」という悩みと不安を抱えながら取り組むことになるのが,高齢者のCOVID-19診療だと思います.

関谷 看取りの話が挙がりましたが,亡くなる患者さんは非常に短期で亡くなってしまう方もいれば,長い時間をかけて亡くなる方もいらっしゃいます.もちろん,難渋しながらも時間をかけて回復する方もおられます.短期で亡くなってしまう場合,患者さんやご家族とのラポール(信頼関係)が形成しづらい環境になるので,病院としてどのような対応を提供できるかが重要になります.逆に,長期間のかかわりになる場合ですと,今度は他の診療科,地域など周囲のサポートが必要になってくることを経験しました.

 

 COVID-19におけるコミュニケーションの重要性

―他の診療科や他施設との連携は,スムーズに行われたのでしょうか?

織田 “COVID-19に罹った”というだけで,周囲とのコミュニケーションのハードルは一気に上がります.これは,あらゆる場面で問題となりましたが,重症の高齢患者にリハビリが必要となった際に問題になったことが印象に残っています.リハビリスタッフはもちろん感染の専門家ではありませんので,「本当に大丈夫なのだろうか」という感染対策に対する漠然とした抵抗感が存在します.確かに,できるだけ不要な接触は避けたほうがよいのですが,リハビリの重要性を無視することもできず,どの時期に,どの程度介入するのかというバランシングの問題が生じていました.また,「回復してリハビリもある程度できたけれど,自宅にはまだ帰れない」という患者さんに関して,“もう少しリハビリを続ける”ための行き先(受け入れ先)がないことも,現実に生じる問題です.COVID-19という病名を出すだけで受け入れてくれる病院,施設が極端に少なくなってしまう状況にあり,COVID-19に対するイメージが,問題をより難しくしているように感じていました.

関谷 高齢患者のリハビリは,本当に大きな問題だと感じます.COVID-19患者を多く診ている病院でも,リハビリの実施方法に関しては病院ごとに課題の差があります.病院全体での協力体制作りは,丁寧な説明や心理的な障壁を少しずつ取り払っていく取り組みを通じて,時間をかけて行う必要があるように思います.

 

―都立駒込病院では,何かコミュニケーションの工夫などはあったのでしょうか?

関谷 当院でも,解除基準を満たし退院できる方はそのまま自宅に帰っているという状況のなかで,病院に残ってリハビリをしなければならない患者さんが生じたときに,“どういう個人防護具(personal protective equipment:PPE)を着て,どういう対応をするのか”を決めていく過程が問題となりました.リハビリテーション科スタッフの協力と支援のもと,相談と話し合いを行うことで乗り越えることができた,というのが実際のところです.病院ごとの施設状況を踏まえて,時間をかけて丁寧に相談する以外に方法はないように思います.

 特に,急性期病院ではこうした患者さんをリハビリのためだけに入院させ続けるのは難しい場合があるかと思います.次の施設にお願いするに当たって,「こういう対応をしていたので,大丈夫ですよ」と伝えられるように工夫して,回復期のCOVID-19患者に対する不安を払しょくするように心掛けていました.感染拡大初期はそういう余裕はなかったのですが,途中からそういったメッセージを出せるような形に対応を変えていったというところです.

 

 現場が疲弊した“入口”の問題

―医療体制や患者の受け入れという面では,どのような問題があったのでしょうか?

織田 先ほどまでの話は,COVID-19の診断が確定した入院患者さんの問題でした.しかし,現場が疲弊したのは,むしろ入院に至る前,“入口”であったように思います.当院は約300床の規模ですが,年間1万台以上と,かなり多くの救急車を受け入れています.特に高齢者はさまざまな理由で救急搬送されてきますが,緊急事態宣言下においても,やはりCOVID-19以外の疾患の割合が多い状況でした.だからこそ,紛れ込んでくる“COVID-19の疑い例”にどう対応していくのかというのが,救急医療体制の大きな課題となりました.

 例えば,心筋梗塞や脳出血,脳梗塞などの人たちに熱があるのは,普段の診療ではそんなに不思議なことではありません.しかし,地域でCOVID-19の感染者が増えてしまうと,これらの患者さんたちの診察時には感染対策をしなければならないという一手間に加え,入院時には感染対策用のベッドが必要になります.同時に,多くの病院でだんだんとCOVID-19に対して腰が引けてしまって,ピーク時には疑い例が敬遠され,たらい回しにあうという事態が起きてしまいました.これからのCOVID-19診療を考えた場合,個々の病院ごとの対策だけではなく,地域の病院間で連携して補い合っていく方法を考えないと,COVID-19はもちろん,他の病気の高齢者も救うことができなくなってしまう危機感があります.

関谷 “入口”で問題になるのは必ずしも高齢者だけではありません.しかし,もともと医療機関を受診しやすい基礎疾患をもつことは,特に疑い例では注意が必要な背景です.確定例も疑い例も同じような対応をしなければならないなかで,各病院,そして地域ごとにどうやって協力して診ていくか,継続した課題として話し合いを続けることが重要だと感じます.また,体制の整備を考えるうえでは,ベッドやPPEといった医療資源,医療従事者のマンパワー,お金,いずれも問題になり得ます.すでに解決されていること,中長期の議論が必要なものもありますが,どういった形が解決策となり得るか,現場・行政が協力して意見を出し合える環境作りも大切だと思います.

 

―東京ベイ・浦安市川医療センターでは,“入口”の問題をどのように乗り越えられたのでしょうか?

織田 “入口”問題で一番悩ましかったのは,やはりベッドの確保でした.地域における横の連携がなかったので,どこの病院がどれぐらいCOVID-19患者を診ていて,どれくらいのキャパシティのなかで動いているのかというのが,お互い全く把握できませんでした.結局,自分たちの病院に来る人たちをひたすら“打たれながら”診て,それに合わせてなんとかベッドを確保していったという状況です.少なくともピーク時,千葉県は地域で効率的にベッドをうまく回せていなかったという課題が残ったように思います.

関谷 ベッドの確保については,“疑い患者”と“確定患者”の2つに分けて考えたほうが整理しやすいかもしれません.平時は相対的に前者が,流行の波が大きくなったときは後者の問題が大きくなります.今回,患者数が急増した時期は受け入れ可能なホテルや,受け入れ施設(病院)を広げる流れになりました.一方で,患者数の増加に体制整備が追いつかない状況であり,受け入れのキャパシティは少しずつ増えていったため,一時的に感染症指定医療機関に負担が集中してしまいました.このときの現場は本当に大変な状況でした.今後の患者増加では地域ごとにどのような波が来るかわかりませんが,これまで患者数が少なかった都道府県においても実効性のある形になるよう,十分に検討しておくべき案件だと思います【追記1】.

織田 もう1つ,ベッドの問題というのはどうしてもお金と絡んでくるわけで,端的に言ってCOVID-19は儲かりません.疑い例も確定例も同等にベッドが必要であり,空けて待っている必要があります.その分のベッドは病院経営上,死んでしまい,空床ができた分はお金が入りません.COVID-19を診れば診るほど貧乏になるというメディア報道があったと思うのですが,まさにその現象がありました.

 第一波のときは,お金に関しては補償が全く見えない状況のなか,全員でなんとか頑張って空けていかざるを得なかったので,そういう事情もCOVID-19を診たくない原因の1つとして,ネガティブな要素であったように思います【追記2】.これは今後早急に整備をしていただけるように政府や自治体に対して強く望んでいます.

 

 

“介護”の視点から振り返る

 

 COVID-19と高齢者施設

―もう1つ重要な“介護”の視点として,高齢者施設についてはいかがでしょうか?

関谷 ここまでお話したように,医療施設,特に急性期病院においても,COVID-19に関連する医療資源はかなりひっ迫していました.COVID-19は確定例の場合はもちろん,疑い例であっても,PPEの使用を含めて1人の患者さんに対して病院側にかなりの負荷がかかります.また,院内感染が発生し,濃厚接触者も休ませることになった場合には,人的な負担もかなり大きかったと思います.

 しかし,リハビリテーション専門病院,高齢者施設などでは,さらに問題が大きいと感じています.経営状況が厳しいなかで,急性期病院のような医療提供が主な目的でない施設でアウトブレイクが起きてしまうと,さまざまな問題が一気に表出しかねないためです.

織田 私も自分の病院でCOVID-19の対応をしながら,地域内の介護老人保健施設でCOVID-19のアウトブレイク事例を経験しました.私と当院の感染管理認定看護師(infection control nurse:ICN),保健所が介入してずっと感染対策をしながら,先日ようやく終息に至りました.本当に“人”,“資金”の面で苦労しました.

関谷 そもそも介護施設では医師が少ない,もしくは時々しか来られない,感染症診療に慣れた医師もいない状況のなかで,COVID-19の患者さんをいち早く見つけるというところにハードルがあるように思えます.これについてはどのような問題がありそうですか?

織田 おっしゃる通りです.その施設も基本的には医師が1人しかいませんでした.あとはヘルプの先生に来ていただく形になっていますが,そもそもそういう方々はCOVID-19を診たことがありません.ですので,早期診断がつきにくいという施設環境がまず1つ問題点としてあったと思います.ただそこを改善するのは,人を増やすか,超優秀なお医者さんにお願いするくらいしか解決につながらないので,なかなか難しいかもしれません.

関谷 短期間で診断力を高めることは難しいので,施設ごとに,どういうときにCOVID-19を疑って相談するかという基準やなんらかの症候群サーベイランスなど,ある程度の指標を作っていくことは検討課題になりそうです.

 

 物がない! ゾーニングもできない!

―高齢者施設は,医療の場というよりも,“生活の場”に近い側面もあるなかで,感染対策にはどのようなハードルがあったのでしょうか?

織田 診断しようとしても,まず診断するツールがありません.「じゃあ,その施設でPCR検査をいますぐやりましょう!」となっても,まず“物”がない.スワブも置いておらず,「インフルエンザのスワブだったら数本ありますけど,それしかありません」と言われてしまいました.ですので,そこにもヘルプを出さなければいけません.もちろん,PPEや長袖のガウン,N95マスク,フェイスシールドなども十分には置いてありません.きちんと置いてある施設のほうがちょっと怖い感じがしますが,“物”の面でも診断のハードルが上がってしまうように思います.

関谷 平時から診断に必要な物がないこと,有事のときにも何が必要かはっきりしていないこと,さらに感染対策に必要な物も十分にない,というところが問題であるということですね.アウトブレイクが起きたときにも当然問題点はたくさんあると思うのですが,例えば,ゾーニングはどうでしたか?

織田 やはり,ハードルが高かったですね.そもそも,高齢者施設は急性期病院のように感染管理用の導線が考えられているわけではないので,きちんとゾーニングをしようとなるとかなり大変でした.認知症の方が多い施設では入居者の方々をゾーニングしても予期せず動いてしまったりすることが生じる可能性がありますし,マンパワーの兼ね合いで同じテーブルで食事介助をしなければならない状況があるわけです.高齢者施設の生活環境という意味でも,建物の構造上の物という意味でも,完全なゾーニングは非常に困難だと感じました.

関谷 施設ごとに特徴は全く違うのでしょうね.施設をよく理解した方が,提案された感染対策やマニュアルを解釈して工夫ができるように,平時から各施設の担当者を教育できるような体制作りも今後は大事になってくるような気がします.

 

 特殊な管理が必要な患者さんは,“どこ”で診ればよいのか?

関谷 COVID-19を発症しても,入院はリスクの高い人しかできないということになると,高齢者施設の人たちをどこでマネジメントするのかというのは,かなり大きな問題になると思います.全国の事例を見てみると,一部は周辺の医療機関に運ぶこともありましたし,可能な限りはその施設で診るということもありました.あとは,入院中の対応に注意を要する患者さん,例えば認知症や精神疾患を抱える患者さんのように特殊な管理が必要な場合,アウトブレイクが拡大する原因になるようなこともあります.高齢者施設でのアウトブレイク時に,患者さんの対応をどうしていくのかというのは答えがないところだと思いますが,織田先生が経験された事例では患者さんの振り分けをどういった観点でされていましたか?

織田 そもそも,高齢者施設で感染者が出るような状況というのは,市中にもそれなりに感染者が出てきている状況だと思います.なぜかというと,高齢者施設の入居者が外から持ってくることはあまりないので,やはり職員やデイサービスで外から施設内に入ってくる人たちが持ち込んで,アウトブレイクするという形態が感染発症経路のメインになってくると予想されるからです.私たちが経験した事例でも,職員が感染し,それがアウトブレイクにつながったと考えられました.しかし,すぐに陽性者や濃厚接触者たちを他の病院に移そうとしても,無理でした.当時は千葉県内にそもそもベッドが空いていなくて搬送先がありませんでしたし,COVID-19でさらに認知症患者となると,1施設1人でも診療や看護が大変だと思います.万が一部屋から出てきてしまってアウトブレイクになったら大変ですので,看護も普通の患者さんよりも手間がかかり,感染リスクは上がります.そういう状況でしたので,すごく悩んだのですが,話し合いの上施設内で感染制御を行うと決めました.

関谷 この問題は,非常に難しい課題を複数含んでいます.織田先生の事例に限らず,おそらく全国の各事例にも専門家が支援に入り,さまざまな人と相談して,その地域の状況に応じて判断をし,なんとか乗り切ったというところではないかと思います.例えば施設の患者さんを簡単に医療機関に移せないような状況が想定される場合,どのくらいの患者が発生したら,どこで,誰がマネジメントをするのかという基準を行政も含めて事前に考えていくことになるのかと思いますが,非常に難しい課題です.

 

 

課題解決の道を考える

 

 自ら動くことが,道を切り拓く

―医療施設における“入口”の問題は本当に大きな問題だと思いますが,Withコロナ時代に向けて,どのように体制を整えていけばよいのでしょうか?

関谷 COVID-19対策は,1つの病院の努力だけではどうしようもいかないところもありますので,その地域で,疑い例・確定例をどのように診療していくのかという体制を考えることになると思います.例えば,東京では疑い例に関して「新型コロナ疑い救急患者の東京ルール(案)」の運用が開始されるところですが【追記3】,病院の数が少ない地域であれば,また別の考え方や枠組みが必要になるはずです.各都道府県のリソースを踏まえて,今後もそれぞれの地域に合った疑い例のマネジメント方法を模索せざるを得ないだろうと思います.

織田 そうですね.入口の問題を解決するには,やはり疑い例・確定例のベッドの確保,ここをしっかりやらないといけないと思います.地域全体として,どの程度のキャパシティでCOVID-19を診れるのかを整理していく必要があると思います.やはり余裕がないと,どこの病院も疑い例の受け入れを断ってしまいます.少し余裕ができてくると,協力して診ていけるのではないかなとは思いますね.

関谷 整理するにあたって,行政が主導になったほうがよいか,病院同士が主導になったほうがよいか,最初からどちらも混ざってやったほうがよいか,いかがでしょうか.

織田 どちらも混ざるのが理想ではあります.ただ今回すごく感じたことは,どうしても行政の決断というのは一歩遅れます.行政の皆さんも非常に頑張っていると思いますが,既存の仕組みを臨機応変に変更していくために多くの手順を踏む必要のある組織なので,リアルタイムの流行状況に対応した迅速な仕組みの改善が難しいように思います.ですので,医療機関から主体的に彼らを巻き込んでいくことが大切だと思います.保健所も都道府県も国も,こちらが声を上げないと何が現場での問題点かわからないですよね.特に保健所はCOVID-19対応の電話番と大量のFAXの嵐を処理するために手一杯ですから,+αの問題抽出に取り組めないんです.われわれが問題点をしっかり整理して,こういう体制を作ったらいいのではないかということを保健所に提言する.もしくは,都道府県や自治体としてどういう対応をしていくのかというのを,積極的に巻き込んでいかないと,変わっていかないのだなというのは感じました.逆にいうと,こちらから働きかけると道が切り拓けることはあって,実際に地域の病院でお互いの状況などを把握するシステムを病院側から問題提起して,作成した事例などがあります.

 

 職員の感染対策レベルの向上

―続いて,高齢者施設においては,どのような取り組みをしていくべきなのでしょうか?

関谷 高齢者施設の状況改善については,平時,有事の両方の視点で考えたいと思います.有事に効果的な対応を行うためには,平時から有事の支援を受け入れる素地を育てておくことが大切なのだろうと思います.診断や感染対策もですが,ごく標準的に使っている基本的な感染対策の考え方や用語に対して,職員の理解と実践が進むような取り組みが必要なのではないかと考えています.

 残念ながら専門家のリソースは限られているので,各施設で感染対策を指導的に担当するような職員を教育する,なんらかのパッケージみたいなものがあるとよいのかなと思います.いま,複数の感染対策マニュアルが国や各団体から出ていますが,施設ごとの実情に合わせたものに落とし込むのは,やはりそこにいる方じゃなければ難しいように感じます.施設ごとのマニュアル整備と浸透を図るうえでは,実践につなげられるカウンターパートの存在は重要です.

織田 私も,今回の事例を通して,職員の方が基本的な手指衛生や感染に対する意識・知識を持ち合わせていないことを感じました.アウトブレイク時でも,観察していると十分に感染対策が取れていないような状況が見受けられることもありました.ただ,高齢者施設は急性期病院ではないですし,そういう教育がいままでは十分ではなかったことがほとんどですので,それは致し方ないことだとも思います.アウトブレイクを処理するには,ごく基本的な感染対策を,日頃からの文化としてその施設に落とし込まなくてはいけません.そういう意味で,先ほど関谷先生がおっしゃった教育のキーとなる方を施設で1人決めるというのはすごくよい案だと思います.今回も当院からICNが行ったことで,その質が非常に高まりました.

 

―高齢者施設における教育を担うのは,誰が適切なのでしょうか?

織田 やはり看護師だと思います.医師より看護師のほうが現場への介入やシステム改善,感染対策に対する啓蒙啓発というのは優れていると思うので,看護師を軸に展開するのがよい方法なのではないでしょうか.

 

 緩いつながりをもつ

―定期的に勉強会や講習会を開催して,日頃から病院と高齢者施設が“緩くつながる”というのも1つのコミュニケーション手段かと思ったのですが,それは難しいのでしょうか?

関谷 有事のために平時に相談できる病院を作っておくというのは大切だと思います.ただ,関連のある病院だとスムーズに連携できるのですが,全く関連がない施設と病院が突然つながるということは通常ありませんので,そこには行政支援があったほうがスムーズになるかと思います.例えば,感染管理対策加算ⅠやⅡと同じような形で,介護施設,高齢者施設を緩くサポートするような医療機関を平時のうちに作っておくのも一案です.一方で,その医療機関が平時から指導をするとか,教育の機会を設けるというのは別問題であって,マンパワーが限られている状況であれば,平時の教育は別の組織がやるほうがよいかもしれません.

織田 いままでは急性期病院と高齢者施設というのは患者さんのやりとりしかなく,感染対策に対する教育を行う,という活動を積極的にはしてきませんでした.今後このような機会を作っていけると非常によいと思うのですが,問題点としては専門職に仕事がかなり集中してしまうので,キャパシティとの兼ね合いになってきてしまうとも思いますね.

 

 クラスターの早期発見・介入で,人的資源流出を食い止める

―有事の対応に向けて,どのような体制作りが必要なのでしょうか?

関谷 有事のサポートで一番重要なのは,早期発見はもちろんのこと,その後できるだけ早期介入して,巨大なクラスターにしないような体制を作ることだと思います.早期に適切な専門職をポンと入れる枠組みを作るのは重要で,そこで全体像が把握できて道筋が見えれば,あとはそれに基づいて,専門職でない方でもそれにのっとって動いていくことができます.これもやはり,各医療機関の努力だけでは難しいところがあるので,行政と相談していく必要があります.

織田 本当にそう思います.クラスターが発生したら,当事者はもうパニックで,何も考えられず,何から手をつけたらよいのか,全くわからなくなってしまいます.同じ環境なら,私も同じ状況に陥ると思います.このようなアウトブレイクが起きたときに,相談できる相手が決まっているというのは圧倒的なアドバンテージになると思います.

関谷 そもそも人手も余裕もないなかで起きたアウトブレイクでは,スタッフの離職は十分に起こり得る問題です.アウトブレイクが終わった後に働く人が誰もいなくなったら,それはまた大きな問題になるので,感染対策と同時に離職対策というのも必要になると思います.

織田 離職の根底にあるのは,自分も感染しているのではないか,家族に持ち帰ってしまうのではないか,という不安だということを現場で強く感じました.やはりみんなすごく心配なんですよね.なので,専門家が科学的根拠に基づいて,いま起きている事実や今後必要となる対策に対して1つずつ説明をしてあげることはとても大事だと思います.理論立てて「こうだから大丈夫なんですよ.一緒に頑張りましょう」と言わないと,なんとなく「いま,こんな状態だからみんな頑張るしかないんだよ」となったら,離職者は多くなってしまうと思います.

関谷 そこに関しては,やはり専門家の言葉が重かったということですか?

織田 そうですね.得体の知れない病原体で,なんとなくすごく怖いけれど,「こうしろと言われているから仕方なくやっている,というわけではなく,きちんと根拠がある」,ということがわかるのが結構大事かもしれません.そういう意味でも,早期に専門家が介入して,理路整然と話をすることは納得感も生まれて,いろいろな効果を生むように思います.

 

 専門家育成と,介護人材の教育を

関谷 やはり根底に残る課題として,専門家の育成問題があります.いま,織田先生がおっしゃっていた,何か起きたときは専門家がサッと入ってそのアドバイスが重みをもつというなかで,圧倒的に専門家の数が足りません.加えて,昔から言われているように,介護領域の人材も問題です.増やしてもそれを賄うだけのお金があるのか,など言い出すときりがないのですが…….この領域の人材を考えていくというのは,これから高齢者がさらに増えるなかで,避けられない課題であることが再認識されました.

織田 いまの状況を考えると,育成に時間がかかるというのも厳しいところですね.

関谷 例えばFETP(field epidemiology training program)が現場支援に入るケースでは,彼らは実地疫学の専門家であり,感染管理の専門家ではないということがあります.現場レベルで感染管理のアドバイスをするというのは,また別の専門職の役割になります.そこはICNやインフェクションコントロールドクター(infection control doctor:ICD)などの出番ということになりますが,今回のアウトブレイクは施設のキャパシティなどを考慮しながらかかわっていく必要があり,かつ行政も混乱していたなかだったので,効率よく支援することが大変難しい状況だったのではないかと思います.地道ですが,やはり領域ごとに必要な専門家の見積もりとそれに合わせた人材教育の重要性をあらためて感じています. 

(2020年6月15日収録)

 

 

 

[巻末メッセージ]

 織田先生からのメッセージ

第1波を乗り越えてCOVID-19の患者数が減少したのも束の間,われわれは第2波に直面しています.第2波は第1波とはやや状況が異なり,感染者数の増加がはじまってからの期間も長く,先が見えていません.この第2波が落ち着いても,今後おそらくこのような感染者数の増減の波を繰り返していくのでしょう.一方で今回の第2波が第1波と異なっているように,日本の感染状況の推移に関しては正確な予想がつきません(少なくとも私には).しかし,われわれは今後もこの予想がつかないさまざまなパターンの感染の拡がりを,上手に受け止めていく他にないわけです.その方法は,地域で柔軟な診療体制を構築することが重要になります.そのためには,医療機関同士はもちろんのこと,保健所・都道府県・国などの行政組織との対話を繰り返しながら,お互いの連携をより強く,かつスムーズにするような地域ごとに適したシステムを構築していくことが重要であり,各地域でぜひ取り組んで頂きたいと思っています.

[略歴]織田 錬太郎 先生

2008年順天堂大学医学部卒業.東京大学医学部附属病院で初期研修,亀田総合病院総合診療・感染症科(現・総合内科)で内科後期研修の後,武蔵野赤十字病院感染症科でフェローとして感染症のトレーニングを修了.2017年東京ベイ・浦安市川医療センターに赴任し,感染症内科の立ち上げを行った.院内で臨床感染症の診療・教育,抗菌薬適正使用,感染管理などに携わりながら,地域の感染症診療を支えるべく問題に取り組んでいる. 

 

 関谷先生からのメッセージ

7月に入り感染者数の再増加を認めており,現在は全国的な感染拡大が問題になっています.医療提供体制の状況は地域差が大きいため,対談で挙がったような内容を含め引き続き改善に向けた取り組みが必要です.実際,市中におけるクラスター発生にとどまらず,急性期病院や高齢者施設におけるアウトブレイクも繰り返し報告されています.また,重点的な対応を継続して求められる医療機関の職員や地域の専門家などは,過去にない身体的・心理的ストレスの蓄積を経験している状況です.限られた医療従事者が今後の対応から脱落しないような,実効性のある社会的支援体制の構築が重要だと感じます.

[略歴]関谷 紀貴 先生

横浜市立大学医学部卒業.横浜市立市民病院,都立駒込病院を経て国立感染症研究所FETPに所属.2012年,都立駒込病院で感染制御科を新設し,がん患者の感染症コンサルト,抗菌薬の適正使用支援活動,医療関連感染症対策,新興・再興感染症の感染対策を中心に取り組んでいる.

 

 

 

[追記データ]

【追記1】

令和2年6月19日付にて,ベッド数確保を含む医療提供体制に関する厚労省事務連絡が出ている.記載内容に沿いつつ,地域ごとの流行状況や医療資源に応じて対策が進められていくことが予想される.

「今後を見据えた新型コロナウイルス感染症の医療提供体制整備 について」

https://www.mhlw.go.jp/content/000641692.pdf

概要・イメージ図

https://www.mhlw.go.jp/content/000641700.pdf)*上記含む各種事務連絡の取扱い変更について(令和2年7月21日付)

「入院医療提供体制に関する通知及び事務連絡の今後の取扱いについて」

https://www.mhlw.go.jp/content/000651056.pdf

一覧

https://www.mhlw.go.jp/content/000651069.pdf 

 

【追記2】

2020(令和2)年6月16日,厚生労働省からは空床確保に関して事務連絡が出ており,医療機関および病床種別ごとに補助が出される方針となっている.

新型コロナウイルス感染症重点医療機関及び新型コロナウイルス感染症疑い患者受入協力医療機関について

https://www.mhlw.go.jp/content/000640954.pdf

 

【追記3】

「新型コロナ疑い救急患者の東京ルール(案)」

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kyuukyuu/kyuutaikyou/kyutaikyo_kaisaijoky/02kyutaikyo1.files/05_020611trule.pdf

 

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