大腸腺腫症を伴わない遺伝性大腸癌であり,家系内に大腸癌のみならず,全身諸臓器の悪性腫瘍が発生する疾患である.Lynchら1)の2家系の報告が最初の記載で,以降家系の集積と遺伝子解析が進み,ミスマッチ修復遺伝子(mismatch repair ; MMR)の変異に起因する常染色体優性の遺伝性疾患であることが判明した.本症の原因MMRとして第3番染色体のMLH1,第2番染色体のMSH2とMSH6,および第7番染色体のPMS2がある.
本症の歴史は約50年にすぎないが,その間に疾患概念や名称に変遷がみられている.Lynchら1)の報告以降,家系内に大腸癌のみ集積するLynch症候群Iと大腸癌以外の悪性腫瘍も集積するLynch症候群IIに大別され,これらを区別しない場合は遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary nonpolyposis colorectal cancer ; HNPCC)と呼ばれていた.1990年にはHNPCCとして確からしい家系を集積するための基準が提唱されたものの,1993年以降原因遺伝子が次々に同定されるに至り,同基準と遺伝子診断に乖離があることが判明した.そこで,1998年に改訂基準(アムステルダム基準II)が提唱された(Table 1)2).大腸以外の多彩な悪性腫瘍が本症の特徴のひとつであることから,現時点ではHNPCCを避け,Lynch症候群の名称を用いることが多い.
Lynch症候群の大腸癌は若年発症し,同時性ないし異時性に多発する傾向がみられる.また,癌は右側結腸に好発する.しかし,肉眼所見は通常の大腸癌とほぼ同様である.一方,病理学的には通常の大腸癌よりも低分化腺癌が多く,粘液癌や印環細胞癌様分化,髄様増殖,腫瘍内リンパ球浸潤の頻度が高い.さらに,本症の癌では遺伝子のミスマッチ修復機能の消失により,塩基の反復配列回数が非腫瘍細胞とは異なっている(マイクロサテライト不安定性,microsatellite instability ; MSI).また,腫瘍内ではMMRの蛋白発現が低下している.
Lynch症候群の診断過程は,まず家族歴を含めた臨床像から本症を疑い,腫瘍組織のMSIの有無を評価し,最終的に生殖細胞系のMMR変異を確認することである.本症の臨床的特徴として,前述のアムステルダム基準IIに加えて改訂ベセスダガイドライン(Table 2)3)も報告されている.後者は前者よりも感度が高く,特異度は低い.