食道の解剖用語 (ガストロ用語集 2023 「胃と腸」47巻5号より)

食道の解剖学的区分(Fig. 1)

食道とは食道入口部から食道胃接合部までをいい,食道入口部は輪状軟骨の下縁レベルに一致する.

食道の区分はまず3つに大別される.

すなわち入口部より胸骨上縁までを頸部食道(cervical esophagus ; Ce),

胸骨上縁から食道裂孔上縁までを胸部食道(thoracic esophagus ; Te),

食道裂孔上縁から食道胃接合部までを腹部食道(abdominal esophagus ; Ae)と呼ぶ.

胸部食道はさらに3つに亜分類され,

気管分岐部下縁までを胸部上部食道(upper thoracic esophagus ; Ut),

気管分岐部下縁から食道胃接合部までを2等分した上半分を胸部中部食道(middle thoracic esophagus ; Mt),

2等分した下半分を胸部下部食道(lower thoracic esophagus ; Lt)と区分されている.

Fig. 1 食道の区分.
Fig. 1 食道の区分.

 

 

食道の走行と周囲の構造(Fig. 2)

食道は咽頭に続く約25cmの管状,筋性の臓器で,食物の通路であり咽頭から胃に連絡する.

輪状軟骨の下縁,第6胸椎レベル(切歯より約15cm)の高さからはじまり,

横隔膜の食道裂孔を通って,第11もしくは第12胸椎のレベルで胃噴門(切歯より約40cm)に連なる.

食道の両端は括約筋また括約機構によって周囲組織に固定され,食塊が通過するときのみ開口するが,通常は閉鎖している.

食道の大部分は周囲臓器との間を粗な結合織で取り囲まれているのみであり,

呼吸や嚥下,腹圧,体動で長軸方向に約1椎体程度の移動が生じる.

食道はほぼ正中を走行するが,正確には蛇行している.

頸部では正中かやや左側にあるが,大動脈弓(第4胸椎)までは次第に左側に偏位し,

それから右側に向かい第7胸椎の高さでは,脊柱のやや右側に存在する.

その後再び左側に向かい,食道裂孔を通過して第10胸椎のレベルで正中より左側に偏位し,食道胃接合部で最も偏位が著しくなる.

隣接臓器との関係では,頸部食道は脊柱および椎前筋群の前方に位置し,食道の前方には気管,甲状腺がみられる.

胸部食道では上部で気管の背側にあり,分岐部近くでは大動脈弓と左主気管支が食道の左前側方にある.

分岐部より下では心嚢,左心房が左前側方に隣接する.

食道を栄養している動脈は主に6つあり,下甲状腺動脈,気管支動脈,固有食道動脈,肋間動脈,左胃動脈,左下横隔動脈である.

頸部および胸部上部食道は鎖骨下動脈より分枝する下甲状腺動脈により,

気管分岐部付近は気管支動脈,その下方は大動脈からの直接枝である固有食道動脈によって主に栄養される.

下部食道は左胃動脈ならびに左下横隔動脈で栄養される.

静脈系は胸部食道では大半が奇静脈系に注ぐ.

下部では左胃静脈と下横隔静脈が主であるが,左胃静脈は門脈系と交通があるため門脈圧亢進時には静脈瘤が形成される.

食道では粘膜固有層に豊富なリンパ管網が発達している.

粘膜下層のリンパ管と交通し,粘膜下層を長く走った後に筋層を貫いて外膜に至る.

食道のリンパは縦方向に流れやすく,食道癌が粘膜下層に及ぶとリンパ節転移の頻度が急に高くなるとともに,

原発巣と離れた部位のリンパ節にも転移を起こすことに関係しているとされる.

Fig. 2 食道の解剖.
 〔文献3)より転載〕
Fig. 2 食道の解剖.  〔文献3)より転載〕

生理的狭窄部

食道は生理的に内腔の狭い部位が3つある.

最も口側は食道入口部で生理的第1狭窄部位と呼ばれる.

食道上端に位置し,輪状軟骨と輪状咽頭筋で構成される.

観察条件のよい伸展した内視鏡像では食道胃接合部と同様に頸部食道にも柵状血管がみられる.

2番目の狭窄は大動脈ならびに左主気管支と食道が交叉する部位で,生理的第2狭窄部と呼ばれている.

大動脈弓は食道の左前方を横切る圧排で内視鏡検査では切歯から25~26cmの部位に,

左主気管支による圧排は大動脈弓による変形のすぐ肛門側に存在し,

切歯から25~28cmの部位に認められ,前壁から左側前下方を斜めに横切る圧排所見である.

造影検査では第1斜位でよく描出される(Fig. 3)

生理的第3狭窄部は横隔膜の食道裂孔を通過する部位で切歯より40cmの部位にある.

生理的狭窄部は病変部位のオリエンテーションに役立つが,形態学的診断にはその変形を考慮に入れる必要がある.

 

Fig. 3 生理的第2 狭窄部のX線像.
 矢印A : 大動脈弓による圧排,矢印B : 左主気管支による圧排.
Fig. 3 生理的第2 狭窄部のX線像.  矢印A : 大動脈弓による圧排,矢印B : 左主気管支による圧排.

食道壁の組織構造(Fig. 4)

 食道上皮は非角化重層扁平上皮で,

基底膜側から基底細胞,傍基底細胞,有棘細胞層があり,通常角化は認めない.

有棘細胞の細胞質にはグリコーゲンが多量に存在し,内視鏡検査によるヨード染色で褐色に染色される要因である.

粘膜固有層は他の消化管より幅が広く,リンパ管や血管が豊富にみられ,固有食道腺の導管を認める.

粘膜筋板は縦走する発達した平滑筋より成る.

粘膜下層には食道腺およびその導管がみられる.

固有食道腺の大部分は粘液細胞で,そのほか,漿液細胞,oncocyte,筋上皮細胞がみられる.

また,粘膜下層には粘膜下神経叢(Meissner神経叢)があり,粘膜筋板の運動,知覚,腺分泌などに関与している.

固有筋層は基本的に内輪・外縦の2層であるが,中・下部食道では平滑筋で,上部では横紋筋より成る.

両者の中間は平滑筋と横紋筋で構成される.

また内輪筋と外縦筋の間には筋間神経叢(Auerbach神経叢)があり,筋層の運動調節に関与している.

他の消化管とは異なり最外層に漿膜はなく,疎な結合織である外膜のみで形成される.

このため,食道では炎症は縦隔に波及しやすく,癌は浸潤しやすい.

Fig. 4 食道粘膜および粘膜下層の組織像.
Fig. 4 食道粘膜および粘膜下層の組織像.

食道胃接合部

食道筋層と胃筋層の境界を食道胃接合部(esophagogastric junction ; EGJ)と呼ぶ.

扁平上皮と円柱上皮の粘膜境界はSCJ(squamocolumnar junction)と呼ばれる.

本邦では,内視鏡によるEGJは食道下部の柵状血管の下端と定義されている(Fig. 5)

柵状血管とは下部食道にみられる縦走する血管で,病理学的には粘膜固有層にみられる径100μmをやや超える静脈とされている.

また柵状血管は伸展した頸部食道の内視鏡像でも認められる.

造影検査ではHis角を水平に延長した線とされる.

また,胃大彎の縦走襞の口側終末部は内視鏡検査,造影検査ともにEGJの指標となる.

同定されたEGJより口側にみられる円柱上皮をBarrett粘膜と呼び,

これが存在する食道,すなわち“columnar-lined esophagus”をBarrett食道と呼ぶ.

全周性に3cm以上認める場合をLSBE(long segment Barrett esophagus),

一部が3cm未満か非全周性のものはSSBE(short segment Barrett esophagus)とされる.

Barrett食道では円柱上皮領域の食道固有腺,円柱上皮内の扁平上皮島(squamous island)などが病理学的指標として認められる.

さらに本来の粘膜筋板(深層粘膜筋板,deep muscularis mucosae ; DMM)に加えて,

より浅層に新生した浅層粘膜筋板(superficial muscularis mucosae ; SMM)による粘膜筋板の二重化がしばしば認められる.

Fig. 5 食道胃接合部直上の柵状血管.
Fig. 5 食道胃接合部直上の柵状血管.

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参考文献

  1. 1)日本食道学会(編).臨床・病理─食道癌取扱い規約,10版.金原出版,2007
  2. 2)吉野邦英.食道の解剖.遠藤光夫,河野辰幸,永井鑑(編).食道癌の外科治療マニュアル.へるす出版.pp 1-6,2000
  3. 3)吉田操.食道の解剖用語.牛尾恭輔,池田靖洋,下田忠和,他(編).胃と腸用語辞典.医学書院.pp 1-3,2002
  4. 4)本多啓介,楠裕明,畠二郎,他.口腔,咽頭,喉頭,食道の解剖と機能.シミュレイション内科 上部消化管疾患を探る.永井書店.pp 3-6,2004
  5. 5)石黒信吾.食道 I正常構造と一般事項─A正常構造.向井清,真鍋俊明,深山正之(編).外科病理学,4版.文光堂,pp 397-398,2006
  6. 6)田久保海誉.食道の構造.食道の病理,2版.総合医学社,pp 7-39,1996
  7. 7)Takubo K, Aida J, Sawabe M, et al. The normal anatomy around the oesophagogastric junction : a histopathologic view and its correlation with endoscopy. Best Pract Res Clin Gastroenterol 22 : 569-5

著者

  • 高木 靖寛 :福岡大学筑紫病院消化器内科